なにかが見えてくる
おじさんの戯言 (たわごと)
掃除

おじさんの知り合いに学校で働いている人がいる。先日その人と話をしていると、にわかには信じられないことばかりが、彼の口から飛び出してきた。「今の学生は掃除をしない。しないどころか、平気でゴミをそこらじゅうに散らかす」と言うのだ。今の学生といっても、今の社会の大半の学生が、というわけではない。彼の勤めている学校の話である。

それにしてもどういうことなのか。おじさんは、にわかには信じられない状況を自分の目で見てやろうと、その学校に行くことにした。着いてみると、それほどゴミが散乱しているとは思えない。玄関のところで許可をもらい、学校内を見学させてもらうことにした。玄関ではさほど思わなかったが、いったん校舎内に入ると景色は一変した。確かにゴミが散乱している。教室の中などはひどいもので、教室そのものがまるでゴミ箱のような状態である。散乱という程度をはるかに超えている。見ていると、学生は自分のゴミをそのまま下の床へ、引力に任せて落としている。ゴミ箱へ持っていこうとしない。これではまるで自分がゴミ箱の中で生活しているようなものだ。

このような環境で勉強ができるのだろうか。先生たちは何をしているのだろうか。学生がこういう状態なので、先生は毎日のように、学習環境を整えようときれいに掃除をしている。しかし、悲しいことに、追いつかない。学生は掃除をしないどころか、ゴミを床にそのまま捨てる。だから、教室そのものがゴミ箱化している。学生はゴミ箱の中で毎日学校生活を送っているのである。こういう状況を実際に見聞きしたおじさんは、何とも言えない気持ちになった。自分の気持ちが悲しさのあまり萎えていくのを感じた。

どうして今の若者がそんなふうになってしまったのか。一体何が原因なのか。そう簡単に説明できるものではないだろうが、少なくとも家庭の教育力、社会の教育力のすさまじいほどの低下ということが考えられる。家庭そのものが子どもを教育する力を有していないどころか、崩壊し、その体をなしていない家庭が非常に多いと聞いている。父親がいない。母親がいない。いたとしても通常の夫婦関係ではない。通常の親子関係ではない。家庭内に暴力が蔓延している。そのような家庭が増えていると聞いている。おじさんの知り合いが勤めている学校もそういう家庭の子が多いそうだ。そういう家庭で育った子の多くは、決して全員がそうだというわけではないが、精神的に不安定であったり、言動が粗暴であったり、人の話をじっと聞けなかったり、静かにじっとしていることができなかったり、何をするにも無気力であったり、全く生気が感じられなかったり、将来に対して何の目標もなく、何に対してというわけでもないが、なんとなく漠然とした絶望感に打ちひしがれていたり、等々、負の要素に身も心もどっぷりと浸かってしまっていて、容易には抜け出せないし、抜け出させることもできない状態である。もう常識的な指導ではどうにもならない。お手上げである。それで、先生も毎日の不毛な指導に疲れ果て、精神のバランスを失う人や、やる気を失くしてしまう人などが急速に増えているそうである。

こういう学校の現状を前にして、世間では教員の指導力のなさを指摘する向きもあるが、果たして教員だけに責任を押し付けていいのだろうか。教育現場の現状を目の当たりにしたおじさんは、そう思いながら学校をあとにするのだった。
(2008)


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