なにかが見えてくる
おじさんの戯言 (たわごと)
もう一つの十戒

トーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson (1743-1826))はアメリカ建国期の政治家で、1776年に独立宣言を起草した。初代大統領ワシントン(1732-99(在任1789-97))のもとで、初代国務長官を務め、後に、第三代大統領(1801-1809)に就任、その在任中、1803年にフランスからルイジアナを買収した。そして彼は、次の10項目を充実した人生を送るために欠かせないものだと考えた。そこでおじさん自身も充実した人生(と言っても、もうさほど先は長くないが......)を送るため、この偉人の知恵を授かりたいと思う。

Jefferson's Ten Rules
 1.   Never put off until tomorrow what you can do today.
 2.   Never trouble another for what you can do yourself.
 3.   Never spend your money before you have earned it.
 4.   Never buy what you don't want because it is cheap.
 5.   Pride costs more than hunger, thirst, and cold.
 6.   We seldom repent of having eaten too little.
 7.   Nothing is troublesome that we do willingly.
 8.   How much pain the evils have cost us that have never happened.
 9.   Take things always by the smooth handle.
10.   When angry, count ten before you speak; if very angry, count a hundred.

ジェファーソンの十戒
 1.   今日できることは明日まで延ばさない。
 2.   自分でできることは人の手を煩わさない。
 3.   実際に手にするまではお金を使わない。
 4.   安いからといって欲しくないものを買わない。
 5.   自尊心は飢え、渇き、寒さよりも高くつく。
 6.   少食を後悔することはまずない。
 7.   自ら進んでやれば大変なことは何もない。
 8.   結局は訪れなかった災いにどれほど心を痛めたことか。
 9.   物事は常に円滑に捉える。
10.   腹が立ったら口を開く前に十数える。非常に腹が立ったら百数える。

1. いつまでもだらだらと先延ばししていたのでは、なかなか事が前に進まない。すべきことは、できるときに一つ一つ着実に片付けていかないと、後に溜まってくれば、手に負えなくなってしまい、結局せずじまいに終わってしまうことになる。おじさんもそういうところがあるので、大いに反省しなくてはならない。おじさんの場合は、せずじまいということはないが、先に延ばせば延ばすほど手に負えなくなり、ますます先送りすることになる。そして、すべきことが山のように膨れ上がってくるのだ。例えば、物の整理は苦手なほうだから、つい先に延ばしてしまい、机の上などは書類の山で、手がつけられない状態になっている。写真やビデオの整理もそうである。家族の写真やビデオなどは何年も前から未整理のままである。今年こそはきちんと整理したいと思っている。実は毎年そう思っているのだが......

2. 人にしてもらっていたのでは始まらない。自分のことは自分でやる。自分でできることは自分でやる。そういう姿勢でないと、自分の思い通りに事は運ばない。人に頼らず、自分のことは自分でする。自主自立の気持ちを忘れてはいけない。この点、おじさんは人の手を煩わすことはあまりない。自分のことは自分でする。人に任せられない質で、人のことまで自分でやってしまうこともよくある。もっと人を信頼して任せてもいいのではないか、と思うくらいである。人に任せず全部自分でしようとするから時間がかかる。人と協力、分担して事にあたれば、もっと短い時間で効率よくいろんなことができるのではないかと思うのだが...... 自分でやらないと気がすまない。おじさんの性分なのだ。

3. 借金してまで物に手を伸ばすと、知らぬ間に借金が膨れ上がり、やがては身を滅ぼすことになる。手元にあるお金を使って、手元のお金の範囲内で生活するのが基本である。最近ではクレジットカードに代表されるいろんなカードが氾濫しており、現金を持っていなくても物を手にすることができる。後でまとめて請求されるのだから、いくら体よく名づけられた支払い方法であっても、借金に変わりはない。また、近頃は借金を借金と言わず、ローンなどと横文字を使うものだから、借金という重苦しいイメージはなく、大した抵抗もなく気軽に借金をしてしまい、大変な目に遭うこともある。そういうおじさんも一つだけ、住宅ローンという借金をしている。これだけは大金すぎて、お金を手にしてからと言っていたのでは、一生我が家に住むことができないので、お許しいただきたい。

4. 街を歩いていても、ショッピングモールを歩いていても、はたまた、インターネットを見ていても、ついつい安いものが目についてしまう。何か目的があって店に入っても、それ以外に安いものがあれば、つい手を伸ばしてしまう。結局、値段に惹かれて予定外のものを買ってしまう、ということもよくあることだ。そういうものは結局、使うことなく埃がかぶってしまうことになるのが関の山である。そう言えば、おじさんもそういう傾向がある。安いものに惹かれる傾向がある。安いとつい飛びつき、特に必要のないものを買ってしまう。今は必要ないが、後で要るかもしれないので、安いときに買っておこうと思うのだ。だが結局、使わずじまいになることが多い。何年か前にマウスが壊れて、新しいものを買いに行ったことがある。ちょうど良さそうなのが安く売っていた。もちろんマウスは一つあれば十分なのだが、ひょっとしたらまた壊れるかもしれないので、安いときに買っておこうと二つ買った。幸いにも、いや、あいにく、その後マウスは壊れず、余分に買ったマウスは、パッケージを開けることなく、この数年間眠ったままである。どこにあるかも定かでない。それに今では、同じような値段でもっといいものが売られている。お金を捨てたようなものである。スーパーなどでも一つ買うより二つ、三つまとめて買うほうが、わずかだが単価が安くなるような表示がしてあるものにはついつい目がいき、一つでいいものを二つ、三つ買ってしまう。

5. 自尊心とは厄介なもので、正しく身につけると、自分自身に誇りを持った誇り高き人になるが、誤った自尊心を持てば、高慢ちきの自惚れ屋になり、中身のない自尊心は、人を虚栄心の強い見栄っ張りにしてしまう。だから、自尊心は正しく身につけない限り、ろくなものにならない。誤った、中身のない自尊心のために、つい自分を大きく見せようとしてしまう。背伸びをすれば、足元が不安定になる。「武士は食わねど高楊枝」などと言っても、空腹で刀をとる力も出なければ、武士の用をなさない。自分の身の丈で、素直に現状を受け入れ、ありのままの自分をありのままに出して、等身大で生きていくのが一番いい。おじさんも若い頃は多少の自尊心はあったように思う。しかし、年をとるにつれ、自分のありのままの姿を素直に受け入れられるようになった。自分の無能を素直に受け入れられるようになった。自尊心の呪縛から開放され、自尊心に邪魔されて小さくまとまっていた自分を、その枠から大きく解き放ち、結果、それがいい意味での開き直りとも言うべきものになり、かえってそれが、自分を以前以上に高める方向に作用しているように思う。おじさんが勝手にそう思うだけで、実際はあまり高められていないかもしれないが......

6. 食事は適量がよい。日本でも「腹八分目」という言葉で、食べすぎをたしなめている。食べ過ぎると体にもよくないし、血が胃の方へ行ってしまって、頭がぼうっとして働かない。頭が働かないから、仕事が進まない。仕事の効率が悪くなり、生産性が下がる。仕事に限らず、すべてこの調子である。逆に、腹八分目に抑えておくと、頭に十分血が巡り、頭がすっきり、思考もすっきり、仕事がはかどる。 "We eat to live, not live to eat." 生きるために食べるのであって、食べるために生きるのではない。食はあくまで生きる手段であり、生きる目的になってはいけない。食は適量が一番。過多になってはいけない。飽食などもってのほかだ。かく言うおじさんも、働きだした頃に職場でのストレスで食が度を超し、肥満体形になったことがある。だから、食べ過ぎると頭が鈍り、何をするにも効率が悪くなることを身をもって経験している。その後、幸いなことに職場のストレスも減り、普通の体形に戻り、動きも軽やか、頭もすっきり、仕事もパッチリ.....かどうかは知らないが、とにかく腹八分目が一番だ。

7. 何でも自分から進んでやるようにしよう。不承不承やっていたのでは、どんなことでも大変に思えてくる。同じことでも自ら進んでやれば、それほど大変に思えてこないものだ。人にやらされているのでなく、自分から進んでやっているという気持ちから大変に思えてこないのだろう。困難を困難と思わずに取り組めるのだろう。結局は気持ちの問題ということになるだろうか。誰でもそうだと思うが、おじさんも自分の事を振り返ってみると、思い当たることばかりだ。大きな事から小さな事まで山ほどある。学生の時にやらされた勉強はなかなか頭に入らないし残らなかった。しかし、自ら進んで取り組んだ勉強はすいすいと頭に入ってきた。何の苦にもならなかった。誰もが経験していることだと思う。

8. 先の事に対してあれこれと心をめぐらし、慎重に考え、心を配ることは大事なことである。しかし、それにあまり多くの労力(心労)と時間を費やすことは得策ではない。先のことだからどうなるか分からない。どうなるか分からないことに必要以上の労力と時間を費やすのは本意ではない。不確実なことに必要以上に心を奪われず、さらに前の方を見て進んでいこう。おじさんは心配性のところがあるので、いわゆる取り越し苦労をして、随分必要以上の労力と時間を費やしてきたように思う。そんなことをせずに、もっと先を見て歩を進めてきたなら、ひょっとしたら今とはもっと違った人生があったかもしれない。しかし、棺桶を目の前にしてそんなことを思っても仕方がない。表面的には無駄に見える労力と時間が、ひょっとしたらおじさんの人生にある種の栄養を与えることになっていたかもしれない。まったく無駄とは言えなかったかもしれない。いわゆる無用の用という働きをしていたのかもしれない。かもしれない、かもしれない、と精一杯の負け惜しみを言うのは、さてこのくらいにしておこう。

9. 物事はあまりごつごつした捉え方をしない方がいいだろう。あまり角を立てて捉えない方がいいだろう。滑らかに、円滑に捉えれば、どんなに厄介な事でも円滑に進んでいくものだ。ごつごつした問題をごつごつした捉え方で対処すれば、さらにごつごつしたものになり、角が取れることはない。厄介な問題がさらに厄介な問題となる。それを滑らかな捉え方でしなやかに対処すると、だんだんと角も取れて滑らかになり、円滑に解決の方向へと進んでいくものだ。そう言えば、おじさんにも経験がある。困難な問題に直面したとき、険しい顔で、イライラしながらその問題を眺めていたのでは、なかなか解決しなかった、という経験が幾度とある。そういうときに、顔の表情を和らげ、事の状況を柔らかな物腰で冷静に捉えれば、もっとスムーズな解決の道筋をつけることができたのだろう。

10. 感情が激したときには、まず気持ちを落ち着かせることだ。そして、冷静に激怒することだ。冷静に激怒するとはどういうことか。ただ激怒したのでは、感情に走ってしまい、激怒を引き起こした状況を冷静に捉えることができなくなる。そして、気がついてみると、激怒するに至った原因を見失い、ただひたすら怒るために怒っていた自分がそこにいるという状態になることもよくある。そうならないように、常に冷静さを失くしてはいけない。怒りという感情が湧き上がってきたときには、まず静かにその状況を見つめ、次に何をなすべきか考えてみよう。そうすると、怒るほどでない、ごく些細な事に腹を立てていた自分に気づくこともある。実際、そういうことはよくある。その場合、静かに気持ちを落ち着かせることだ。腹を立てる必要のないことに腹を立てても、害こそあれ、何の得にもならない。百害あって一利なし。また、本当に怒るべき状況がそこにあることもある。その場合には、冷静にその状況に対処する必要がある。感情的になっていたのでは冷静な対処ができない。然るべき手を打つためには冷静さが必要である。いずれにせよ、感情が激したときには、次の行動にでる前に、まず10、あるいは100数えることだ。感情が激するほど時間を置くようにする。そうすることで、気持ちも落ち着き、冷静さを取り戻し、状況に応じた適切な対処ができるだろう。

おじさんはこれら十の心得を熟考し、心に刻み、残り少ない人生を充実させていきたいと思うのであった。
(2010)


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