なにかが見えてくる
わが家のページ 2012
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1月      仕事があるだけで...  / 遅延のアナウンス / 新運転免許証
仕事があるだけで...
 年末にオーブンレンジが故障した。オーブン機能は大丈夫なのだが、電子レンジ機能がやられてしまった。そこで、修理を依頼したところ、若い人が引き取りに来てくれ、年内に修理できるかどうか微妙ですが、修理できしだい連絡しますと言う。年内と言っても何日までですかと聞くと、31日まで働いていますと言う。大晦日まで大変ですねと言うと、にこっと笑って帰って行った。その後連絡がないので、やはり年内は無理だったのかと思っていると、31日の朝に、引き取りに来てくれた人と同じ人から電話があり、何とか年内に間に合ったので、これからすぐに持っていってもいいですかとこちらの都合をたずね、それから30分程で修理済みのオーブンレンジを届けてくれた。修理内容の説明を受け、直っていることを確認し、最後に受領印を押した。その際、大晦日までお仕事大変ですねと言うと、「いいえ、今は仕事があるだけでうれしいですよ。ありがたいことです」と、さわやかな笑顔で答えてくれた。
 どう見ても20才そこそこの若者である。おそらく高校を卒業して就職したのだろうと思う。ところで、おじさんは今、本来の仕事に加えて、高校生の就職の係をしている。就職を希望している高校生を見ていると、社会に出て働くことへの意識が薄く、就職を希望する気持ちがどこにあるのかといつも思う。就職試験(一般常識や面接)の準備も自分から進んでせず、こちらから呼び出して初めて、不承不承やってっ来る、といったところだ。もっと自分から積極的に取り組めば採用もされようが、そういう状態だから必然的に合格率も低くなる。そして、たとえ運よく採用されても、働き出して短期間で簡単に仕事を辞めてしまう。
 そういう現状を毎日目にしているおじさんの胸に、この青年の言った「仕事があるだけでありがたい」という言葉がじんと響いた。おじさんが毎日接している高校生たちは、この言葉を聞いてどう思うだろうか。ひょっとしたら何とも思わないかもしれない。いや、その可能性の方が高いだろう。彼らがこの言葉の重みに気づいてしっかりと受け止めてくれることに一途の望みを託して、今度この青年の話をしたいと思っている。
遅延のアナウンス
 先日山城温泉に行ってきた。行ってきたと言っても、家内の両親に連れて行ってもらったのだが... それはさておき、帰りの列車が15分程遅れた。その原因は湖西線での強風だが、そのアナウンスが妙である。「湖西線での強風の影響で速度を落として運転しているため、15分程到着が遅れる見込みです。お急ぎのところ、ご迷惑をお掛けしますことお詫びいたします」というようなアナウンスが予想されるが、実際は違っていた。「湖西線での強風の影響で前を走る列車が徐行運転をしているため、この列車は15分程到着が遅れる見込みです。お急ぎのところ、ご迷惑をお掛けしますことお詫びいたします」おいうようなアナウンスが何度も流れた。おじさんにはどうも妙に聞こえてならない。まるで列車の乗務員が、「遅れたのは我々のせいではないぞ。前の列車が悪いのだぞ」と、声高に主張しているように聞こえてならない。それなら自分たちの列車は強風の中でも徐行しないと言うのか。強風が吹いていたのだから、安全のため速度を落とすのは当然だろう。自分たちも当然そうするだろう。誰もが当然そうする、いや、そうすべき状況だったのだ。なら、どうしてあのような、自分たちの責任回避のようなアナウンスになったのだろう。おじさんは不思議で仕方がない。きっと人一倍負けん気の強い乗務員だったのだろう。
新運転免許証
 随分前の話になるが、ふと思い出したので記しておく。昨年末おじさんは運転免許証を更新した。前回更新してから5年経っている。郵送されてきた更新案内には、免許証に個人情報が記録されたICチップが埋め込まれるので、パスワードを2種類用意してほしいとあった。面倒だなあと思うと同時に、パスワードだらけでどれがどれか分からなくなると思いながらも、仕方なく2種類のパスワードを用意して、地元の警察署へ更新手続きに出向いた。
 手続きはパスワード以外これまでと変わらなかった。さて、パスワードを登録する手続きが何とずさんなことか。これではパスワードの意味がない。「それではここで数字4桁のパスワードを2つ入力してください」と言うので見てみると、入力用のテンキーと15インチか17インチほどのモニターがある。テンキーを押すと、押した数字が大きな文字でモニターに表示される。それを確認して終了キーを押すと、控えとして登録されたパスワードが小さな紙に印字されて出てくる。登録したパスワードは免許更新の係りの人には見えないが、おじさんの後ろに並んで順番を待っている人は言うまでもなく、他の用事で警察署内に来た人にも丸見えである。入力した数字があんな大きなモニターにあんなに大きく表示されるのだから、いくら目の悪い人でも楽々と見ることができる。特に、免許証の更新に来る人なら、少なくとも0.7以上の視力があるはずだ。だから、おじさんのパスワードは不特定多数の人に公表しているのも同然である。それなら、おじさんが家でばれにくいように真剣に考えてきた数字の組み合わせは一体何だったのだろうか。パスワードとは何なのだろうか。これでは全くパスワードの意味を成していない。おじさんはただただ呆れて帰宅した。

2月      猫も杓子も / 足のしびれ
猫も杓子も
 少し前までは、電車に乗ると、何をするでもなくぼーっと、携帯電話を触っている人がやたらと目に付いた。それが今では猫も杓子もスマホである。少し前までは片手で親指を使ってしきりにシャカシャカと操作していたのが、今では猫も杓子も片手にスマホを持ち、もう一方の手の指を画面上でしきりにシュッシュッと滑らせるように操作している。おじさんの目には、画面のごみを指で軽く拭き取っているように見えて仕方がない。
 そもそも携帯電話なるものは、いつも携帯できるように小さく小さく小型化が図られてきた。それが、ネット接続を考えて画面が徐々に大きくなり、とうとう片手では操作しづらい(中には片手で操作している人もいるが、そういう人はことのほか手の大きな人で、おじさんのような小さな手には到底無理である)大きさにまでなってしまった。
 このスマホという奴はもはや電話ではなく、小型コンピュータと言ってもいいものらしい。おじさんは持っていないので詳しくは分からないが、パソコンと同様のことができるらしく、気を付けないとウィルスも侵入してくるらしい。電話にコンピュータ機能が付随しているというより、コンピュータに電話機能が付随していると言っていいのだろうか。実際そのようなものが必要なのだろうか。少なくともおじさんには必要ない。
 おじさんも従来の携帯電話は持っている。少し大きくなる傾向が出てきた頃に買い換えたものである。今から思うと、高画質カメラ機能やテレビ機能やPCドキュメント機能などに惹かれて買い換えたものの、カメラはボタンを押してからシャッターが下りるのに時間がかかりすぎ、使い物にならないし(一応、カメラ携帯という名で売り出していたのだが)、あんな小さな画面でテレビなど滅多に見ないし、ワードやエクセルなどのPCドキュメントもあんな小さな画面ではほとんど読めないし、それに何より、あまりに多くの機能が付きすぎているせいか、動作が遅くてイライラすることがしばしばである。以前のものの方が小さく、電話やメールなど基本機能はしっかりしていたし、動作も速くて、使い勝手は格段上だった。だが、電話会社の都合で新しい通信システムへの移行か何かで、切り替えた方が基本料金も安くなるし、通信速度も速くなるという触れ込みで切り替えを促された。おじさんは携帯でインターネットは使わないので、基本料が安くなるという一点で切り替えを決めた。それに、テレビやPCドキュメントビューワーなるものもついているから、それら新機能も楽しみだった。しかし、上に述べたように、すべて裏切られ、無用の長物と化し、動作が遅く、使い勝手の悪い電話が手元に残った。
 今度買い換えるときは、もっと小さな、基本機能だけのものにしようと思うが、今はそのようなものはもはや生産していないらしく、どこの店に行ってもスマホ一辺倒である。おじさんにはそのようなものなど不必要で、小さく、基本機能だけしっかりした、低料金のものが欲しいのだ。今度買い換えるときには高齢者用の簡単ケータイか小さな子供用のジュニアケータイにしよう。
足のしびれ
 最近足が痺れて困っている。1ヶ月程前から膝から下あたりに何か違和感を感じ始めた。そのうち直るだろうと思っていると、いつの間にか太ももからつま先までの広い範囲に違和感が広がり、痺れのようなものまで感じるようになった。一体何なのだろうか。歩けないほどのひどいものではないので、様子を見ているが、長く続くようなら医者に行かないといけないだろう。原因として考えられるのは、冷え、便秘、コレステロール、運動不足ぐらいであろうか。それらが医学的に、本当に痺れの原因になるかどうかは知らないが、直接的ではないにせよ、間接的には十分原因になり得ると、おじさんは勝手に思っている。
 冷えと言えば、今年は本当に寒かった。その上、おじさんの職場は暖房が十分でない。おじさんのいる部屋はガスストーブが広い部屋の真ん中に一つぽつんとあるだけで、そのストーブの周囲1mの範囲は衣服が焦げるほど暑い(実際おじさんはズボンを焦がしてしまった)が、1mを超えると何の効果もない。部屋全体が暖まるということにはならないので、大変底冷えがする。おじさんの座っているところは部屋の隅のほうなのでなおさらである。そういう環境でこの寒い冬を過ごしたので、足元が冷え切ってしまった。足先が氷のように冷たくなり、血行が悪くなったのかもしれない。
 便秘は昔からおじさんの大きな悩みである。便秘は体の他の部分に不具合をもたらす。おじさんの場合、腰が痛くなったり、食欲が低下したり(でも、食べ始めると普通に食べる。いや、かえって多く食べているかもしれない)、足が痺れるとまではいかなくても、違和感が出たりする。今回も便通が悪いため、違和感を通り越して、痺れのようなものにまで発展したのかもしれない。
 コレステロールはおじさんが40才を超えた頃から、基準値を上回り始めた。初めのうちは少し上回っている程度だったが、数値がだんだんと大きくなり、今では300近くにまで上昇している。何とかしなければ、と思いながら、大きな変化なく今日(こんにち)まで至っている。コレステロール値を上げるような食事はしないようにしているし、コレステロール値を下げる食べ物をなるべく多く食べるようにも心がけている。しかし、この15年程の間何の効果も見られない。大抵の人は、「ぜんぜん肥えていないのに... 痩せているほうなのに... 」と驚くが、体型とは別段関係ないらしい。コレステロールというと、肥えた人のイメージがあるが、痩せている人でもコレステロール値の高い人はざらにいるらしい。いずれにしても、おじさんの血液は脂でドロドロで、流れが悪くなっているのかもしれない。血液ドロドロを解消するため、1日2L以上の水を飲むよう心掛けているが、それもなかなか功を奏していない。
 最後に、運動不足だが、そう言えば、日頃から運動らしい運動はほとんどしていない。以前は毎週のようにテニスなどをしていたこともあったが、今ではたまにハイキングやサイクリングをしているくらいである。もっと運動不足解消に努めねば、とおじさんは思う。よく考えると、運動不足が一番大きな要因かもしれない。運動すると体が温まり、血行がよくなり、冷えが解消される。また、体を動かすことで、腸の働きもよくなり、便秘が解消される。それに、脂質が燃焼し、コレステロール値の低下が期待される。ということで、結局、運動不足を解消することで、足の痺れという、おじさんが今抱えている大きな悩みを簡単に解決できるのではないかと思うのだが、甘いだろうか。いずれにしても、運動は健康な生活を送る上で、重要かつ必要不可欠なものであるので、日頃からせいぜい適度な運動を心掛けていきたいと思う。

3月      百均のポンチョ / マスク美人
百均のポンチョ
 ハイキングで雨が降り出したときのために、ポンチョなるものを用意しておきたいと以前から思っていた。先日、たまたま百円ショップを覗いてみると、店頭に並んでいるのを見つけた。品質に不安があったが、めったに使わないから、まあいいだろうということで購入した。その1週間後に、曇天の中出かけた際、途中で結構な雨が降り出した。リュックの中には買ったばかりのポンチョがある。百均のポンチョに早速出番がやって来た。意気揚々と袋から出し、身につけた。これで雨はしのげる。と思った瞬間、思っていたのとは違った点が2点見つかった。一つは、サイドのところで、脇の下あたりから前と後ろが大きく分かれており、雨がかかりやすくなっているという点で、もう一つは、袖が七分になっており、服の袖が濡れてしまうという点である。まあこれは、大きな不満があるとは言うものの、デザインの問題であり、こちらが買う前にチェックしなかったせいでもある。しかし、家に帰って、干していて気がついたのだが、1時間ほど身につけただけなのに、もう破れている。百均はやはり百均である。
マスク美人
 ラジオを聴いていて知ったのだが、マスク美人という言葉があるらしい。知らなかったのはおじさんだけで、もう普通に使われているのかもしれない。マスク美人とはうまく言ったもので、マスクをしている女性は確かにみんな美人だ。いや、美人に見える。数年前に新型インフルエンザの流行が危ぶまれた際、誰も彼もがマスクを着用したことがあった。また、近年、インフルエンザの時期に限らず、花粉症の人が増えているせいか、マスクをしている人がやたらと目につくようになった。これほど多くの人がマスクをしているのだから、中には美人でない(美人か否かは個人の好みの問題であるので、何とも言えないが、ここではおじさんの好みによる主観的見解だということで許してほしい。本当は昔の化粧品の宣伝文句のように、「女性の数だけ美しさはある」のだ。)人もいるはずだ。なのに、みんな美人に見えるから不思議だ。そう言えば、スキー場でゴーグルをした女性がみんなきれいに見えるのも不思議である。おそらくこれら二つのケースは同様のことだと思うのだが、マスクの場合は目より下の部分が隠れ、スキーの場合は目から上の部分がゴーグルで隠れている。ということは、顔の一部分だけならみんな美人だということだろうか。つまり、どの部分であろうと、誰もがみな美人の部分を必ず持ち合わせている、と結論づけてもいいだろうか。それなら、おじさんはこれから努めて美人の部分を見るようにしたいと思う。「女性の数だけ美しさはある」のだから...

4月      氷点下の野営
氷点下の野営
 定年前にもなって、おじさんは最近今までにない経験をした。ボーイスカウトの指導者を対象にしたキャンプ研修会というものがあったので、おじさんは素人リーダーだし、少し勉強した方がいいという軽い気持ちで参加した。基本的には一泊野営をして、キャンプの様々なこと、野外炊さん、キャンプファイア、キャンプサイトの設営・撤営などを学ぶというものだった。それらのことは、不慣れながら、ベテランリーダーたちに教えてもらいながら何とかすることができた。しかし、耐えられないことが一つあった。それは、寒さだった。4月上旬というのに、異例の寒さがキャンプ場を襲った。4月7日(土)の昼に集合したときには雪がちらつき、昼間から寒かったが、夜に近づくにつれ寒さが増し、手がかじかんで細かい作業が満足にできないほどだった。さらに夜もふけ、いよいよ寝る時間になる頃には、もうおじさんには我慢できない極寒の状態になっていた。それからテントの中に入って、寝袋にくるまって寝るなんてことを考えると、血の気が引くような思いだった。リュックの中にある衣類という衣類をすべて重ね着して寝袋の中に入った。それでも寒いがじっと我慢するしかない。さらに夜が深まると、さらに寒さが増し、手袋とマスクをリュックから出してきた。これ以上もう身につけるものはない。諦めるしかなかった。少しの時間、浅い眠りに入ったかもしれない。しかし、突然異常な寒さで目が覚めた。靴下を2枚履いているにもかかわらず、足が凍るように冷たい。足を動かしてみると動くので、まだ神経はかよっているようだ。それにしても特に足先や手先などの末端部分が凍るように冷たい。一晩中このような状態で、少しうとうととした程度で、ほとんど寝ることができなかった。朝起きて知ったことだが、気温は氷点下になり、マイナス3度まで下がったようである。キャンプ場の人も季節はずれの寒さに驚き、おじさんたちのことを心配してくれていたようだ。何とか生きて朝を迎え、その日のプログラムも無事にこなし、帰路に着く段になると、体の一部に異常を感じた。左手の人差し指が突き指をしているようだ。突き指をした覚えなど全くない。ひょっとしたら、あの寒さの中、神経が麻痺し、指に強い力がかかっても何も感じず、突き指のような状態になったのかもしれない。この突き指が尾を引かないことを望む。

7月      銀行前の怪
銀行前の怪
 最近ずっと気になっていることがある。通勤途上ある銀行の前を8時前に通るのだが、いつも10人から20人ぐらいの人が、開店前のパチンコ店よろしく、外で並んで待っている。何を待っているのか。もちろん扉が開くのを待っているとしか思えない。しかし一般の客ではないだろう。銀行が開くのが9時だから、1時間以上も前から銀行が開くのを待つとは考えがたい。考えられるのは、職員が扉が開くのを待っているということだろう。だが、職員はそれぞれ扉を開けることができるのではないか。そうでないと、急な仕事で職場に来ることができないではないか。あるいは、最近のことだから、セキュリティーの関係で、管理責任者しか扉を開けられなくなっているのか。その辺はよく分からないが、恐らく一般客ではなく職員だろう。しかし、もう1つ不思議なことがある。職員ならお互い顔見知りの同僚であるはずなのに、誰一人として談笑しながら待っている人がいない。皆それぞれに無言で待っている。一体どういうことなのか。いよいよ分からない。

8月      清掃奉仕
清掃奉仕
 先日、ボーイスカウトの活動で近くの駅周辺の清掃をした。小学生10人足らずとリーダー数人とで駅前へ繰り出した。左手にはゴミ袋、右手には火ばさみを持ち、いざゴミに立ち向かう。駅へ向かう路上でもうすでに多くの吸い殻を拾ったが、駅前の植え込みはその比ではなかった。植え込みの中から出るわ出るわ、タバコの吸い殻、ペットボトル、ジュースの缶、ビールの缶、カップ酒、パンやお菓子などの包み、雑誌、レジ袋、ビニール傘等々、想像を絶する程のゴミがわずか1時間余りで集まった。
 スカウトたちはそのゴミの山を、まるで戦利品のように、得意げに教会まで持ち帰り、分別をした。清掃活動の途中で、道行く人から、「ご奉仕、ご苦労さん」と声を掛けられる場面もあり、スカウトたちはリーダー共々、すがすがしい、晴々とした気分となり、一日一善の効能を実感した。これからもこういう活動を続けていきたいと思う。
 ところで、翌日仕事の帰りに、清掃活動をした駅周辺を歩いてみると、なんとまた、吸い殻、ペットボトル、レジ袋、パンや菓子の包みなどのゴミが無情にも捨てられている。子供たちが純粋な気持ちでせっかく清掃奉仕をしたのに、すぐまた心ない人の心ない行いで汚れてしまったのは、なんと遺憾なことか。おじさんはこのことを子供たちに話せなかった。子供たちの純真な真っすぐな心が傷つきはしないかと心配で...

9月      お詫びのアナウンス
お詫びのアナウンス
 先日朝の通勤電車の中で、「先程一時的な送電の不具合により、車内の照明が消え、ご迷惑をおかけしましたこと、深くお詫びいたします」というアナウンスが数回流れた。一瞬照明が消えたらしいが、おじさんは全く気づかなかった。他の乗客も気づいていない人が多かったのではないか。夜の暗い時ならいざ知らず、朝の明るい時だし、一瞬のことだから、乗客にとって何も不都合なことはない。実際おじさんも書きものをしていたが、何の不都合もなかったし、新聞を読んでいた人も何の不都合もなく読んでいたと思う。そんな些細なことでわざわざお詫びのアナウンスを入れることもないではないかと思うのだが、今の世の中、中にはどんな些細なことでもクレームをつける人がいるのだろう。企業としては前もって安全策を講じておくのだろう。今の世の中、企業も大変だ。おじさんとしては、アナウンスの方がやかましくて迷惑なのだが...

10月      またまた百均で損
またまた百均で損
 先日ガムテープとカセットガスボンベを近くの百均で購入した。布ガムテープは10mのもの、ガスボンぺは1本が105円だった。翌日新聞の折り込みチラシを見て愕然とした。ホームセンターのチラシだったが、なんと布ガムテープ25mが112円、ガスボンぺ3本組が228円で売り出されていた。どちらが安いか一目瞭然。またまた百均にだまされたおじさんだった。

12月      駅での出来事
駅での出来事
 おじさんは仕事に向かうため、いつもの駅でいつもの電車が来るのを待っていた。電車が到着すると、その電車を利用するいつもの小学生たちと扉のところに近づいた。扉が開くと、中から女子高校生が降りてきた。ホームに足を下ろしたちょうどその時、手に持っていたルーズリーフノートのファイルから10枚以上のノート片が滑り落ち、ホームに散乱した。女子高校生がそれらを拾おうとしゃがむと、その電車に乗ろうとしていた小学生たちがノート片を拾い集めるのを手伝ってくれた。それに対してその女子高校生は何も言わない。「ありがとう」と一言言っても然るべき状況だ。いや、絶対「ありがとう」と言わなければいけない状況だ。女子高校生がそのまま立ち去ろうとしたとき、おじさんが電車とホームの間に落ちてしまったノート片に気づき、「線路にも落ちてるよ。駅員さんに行って取ってもらったらいいわ」と言ってあげた。その言葉に対して何の反応も示さず、全く無視して立ち去って行ってしまった。
 おじさんが仕方なく電車に乗り座席に座ると、電車はいつも通り何もなかったかのように動き出した。電車に揺られながらもおじさんの気持ちは釈然としない。小学生たちの親切に対して、おじさんの言葉に対して、その女子高校生はどう思っているのだろうか。まるで人の親切心を無視するように、自分には関係ないという態度で、黙って去って行ったその子は一体何なんだろうか。考えれば考えるほど心がすさむ。
 これはその子個人の問題なのか。社会の問題なのか。この出来事はおじさんが今までに経験した多くの中のほんの一例にすぎない。(2010年2月に「今どきの子供」と題した出来事もそうである)そういう子供を何とも思わず普通に受け入れたきた社会の意識をもう一度見直す必要があると思う。そういう子供の社会に対する無関心、社会のそういう子供に対する無関心、無干渉−−このような双方の無関心が、ケータイやネット以外では人との関わりをあまり持ちたがらない今の子供たちを生み出しているのかもしれない。社会が変わらない限り、それを構成する人間も変わらない。また、個々の人間が変わらない限り、その集まりでできている社会も変わることはない。そうおじさんは思うのである。


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